「画像では異常なし」と言われて、ほっとするよりも戸惑う人がいる。痛みは確かにそこにあるのに、説明がつかない——その宙ぶらりんの時間を、どう扱うか。
異常がない、は終わりではない
検査は「何が起きていないか」を教えてくれる。けれど「これからどう戻っていくか」は、そこからの話だ。構造の異常が見つからないことと、不調が存在しないことは、同じではない。
観測を続けるということ
身体を、一枚の写真ではなく時間の流れとして見る。昨日との差分、動きの癖、戻り方の速さ。そうやって観測を続けることでしか見えてこないものがある、と最近よく思う。